老後の趣味を先取りするか、今の肉体を使い切るか──後悔しないために、人生の各年代で選ぶということ
──人生の各年代で「選ぶ力」を持つということ
はじめに|老後の不安は「今の体験」でやわらぐのかもしれない

30代、40代になると、
仕事や家庭がある程度安定してくる一方で、
ふとこんなことを考える瞬間はないでしょうか。

- 老後って、何をして過ごすんだろう
- 時間はあるけど、やりたいことがなかったらどうしよう
- 体力も気力も落ちたとき、自分には何が残るんだろう
そんなことを考えながら、
私はある体験をきっかけに「老後の趣味を、今から体験しておく」という考え方に至りました。
老後の趣味を「先取り」してみた話

先日、現代アートの見方について書かれた本を読みました。

それまでの私は、美術品を見ても正直なところ、

「ふーん」
「よくわからないな」
その程度の感想しか持てないタイプでした。
それでも本を読んだあと、
「初めてだけど、アートをちゃんと鑑賞してみたい!」
と思い、美術館に足を運びました。
「ふーん」だったものが、突然“深く”なった瞬間
実際に鑑賞してみると、驚きました。
今までなら素通りしていた作品から、
- 作者は何を考えていたんだろう
- なぜこの形なんだろう
- 自分はなぜ今、こう感じているんだろう
そんな 問い が自然と湧いてきたのです。
作品を「理解しよう」とするとともに、
「感じたことをそのまま受け取っていい」と思えたことで、
芸術作品が一気に立体的になりました。
そのとき素直に、
こんなにも深みがあり、魅力的なものだったんだ
と感じました。
アート鑑賞は「生涯の趣味」になりうる
同時に、こんなことも思いました。
アート鑑賞は、
- 体力に大きく左右されない
- 一人でも楽しめる
- 知識・経験が積み重なるほど面白くなる
- 年齢を重ねるほど、感じ取れるものが増える
加齢による脳の衰えは多少あったとしても、
基本的には、どの年代でも楽しめる趣味です。
そう考えたとき、
もしかしたら、生涯の趣味を見つけたのかもしれない
という感覚がありました。
そして、
老後の趣味を、今のうちに体験しておくのは
人生にゆとりや豊かさをもたらすのではないか
そんな考えに至ったのです。
「生涯の趣味」の再現性
アート鑑賞に限らず、「生涯の趣味」には再現性があるとも感じました。
例えば、
- 美術
- 哲学
- 文学
- 音楽
- 歴史
- ファッション
- 宗教
などの「身体より感性を使う趣味」です。
これらに今から触れておくほど人生に深みをくれます。
「老後の趣味の先取りはいいものだ」
という実感は、
たぶんこれから時間が経つほど、さらに確信に変わっていくと思います。
「老後のため」ではなく「今を楽にするため」という切り口でも、いろいろとアイデアが浮かんできそうです。
しかし同時に、別の感覚も芽生えた

ただ、ここで思考は終わりませんでした。
アート鑑賞を「いいな」と感じる一方で、
まったく逆方向のことも、同時に強く感じたのです。
それは、
今の若い肉体だからこそ、できることがある
という感覚でした。
「今しか出せないパフォーマンス」がある

例えばスポーツ。
高齢になってもスポーツ自体は続けられます。
しかし、
- 若い肉体だからこそ出せる爆発力
- 全力で動ける感覚
- 無理がきく回復力
こうしたものは、年齢とともに確実に失われていきます。
年を重ねれば、
- 技巧
- 経験
- 判断力
によって補うことはできますが、
ダイナミックさそのものは、取り戻せない。
だからこそ、
これは「今だからこそ」やっておくべきものではないか
という思いが、はっきりと浮かびました。
問題は「どちらが正しいか」ではない

ここで重要なのは、
- 老後の趣味の先取り
- 今しかできないこと
この二つは、どちらかが正解で、どちらかが間違い
という話ではない、ということです。
これは価値観の対立ではなく、
時間軸の違う価値 なのだと思います。
年齢別 × 自分に合わせて、人生を設計するという発想

そこで行き着いたのが、次の考え方でした。
30代、40代、50代、60代という年齢別に、
かつ「自分に合わせて」
人生・趣味・生活を考えていく
実際、
- 同じ30代でも体力も環境も違う
- 同じ50代でも価値観は全く違う
と、個人差のズレは大きいと思います。
だから必要なのは、
「年齢という制約」×「自分の性質」×「今の状況」
この3点で考えることで視野は広がり、解像度も上がるような気がしています。
そしてその都度、
- 老後につながるものを育てるか
- 今だからこそできることを優先するか
を、自分で選択していく。
これこそが、
満足のいく人生につながるのではないか
と感じたのです。
私なりの、年代別「使い切るもの/育てるもの」
ここまで考えていく中で、
私はぼんやりとですが、こんなふうに年代ごとの役割を捉えるようになりました。
30代|肉体が軽く、体力を使い切れる時期
30代は、何よりも身体が軽く、回復も早いと感じます。
多少無理をしても動けるし、疲れても立て直せる。
だからこの時期は、
- アクティビティ
- 運動
- 身体を大きく使う体験
といった、体力を前提とした趣味に向いている期間だと思っています。
これは後から取り戻すことができない感覚なので、
「できるうちに使い切っておきたい」という意識があります。
40代|脳がフレッシュで、回転が早い時期
40代は、まだ脳みそが柔らかく、
理解力や処理速度も高い状態を保てる時期ではないでしょうか。
そのためこの年代は、
- 楽器
- 勉強
- 知識や技術を体系的に積み上げる趣味
といった、頭の回転を使う活動に向いていると感じています。
ここで身につけたものは、
50代以降も「楽しむ側」に回れる土台になる。
そんなイメージです。
50代|これまでの人生を踏まえ、フィーリングを味わう時期
50代になると、
- 成功
- 失敗
- 喜び
- 後悔
人生の材料がある程度揃ってきます。
だからこそこの時期は、
- 正解を求めるより
- 成果を出すより
フィーリングそのものを楽しむ 段階に入るのではないかと思います。
アート鑑賞のように、
感じたままを受け取る趣味が、
一番深くなるのもこの年代かもしれません。
60代|自分から、他者へ。利他の年齢
60代になると、
人生の重心が少しずつ「自分」から「他者」へ移っていく。
- 子どもが結婚し始める
- 次の世代が見えてくる
そんな時期でもあります。
この年代では、
- 教える
- 支える
- 見守る
といった、利他的な関わりそのものが趣味になるのではないでしょうか。
ここまで積み上げてきた経験や感性が、
誰かの役に立つこと自体が喜びになる。
そんな年齢だと感じています。
あくまで「私の場合」という前提で
もちろん、これは一般論ではなく、
あくまで私自身の感覚です。
- 体力のピーク
- 興味の方向
- 家族構成
これらは人それぞれ違います。
だからこそ大切なのは、
この区切りを真似することではなく、
「自分は今、何を使い切れる時期なのか」
「何を育てておくと、先が楽になるのか」
を考えることなのだと思います。
無自覚に流されると、後悔は生まれやすい

多くの後悔は、
- 若さを使い切らなかった
- 老後の楽しみを何も育てなかった
このどちらか、あるいは両方から生まれます。
一方で、
- これは今しかできないからやる
- これは将来の自分のために育てる
と、意識して選んだものは、
たとえ失敗しても納得が残ります。
人生の満足度を決めるのは「選択の自覚」

結局のところ、
人生の満足度を決めるのは、
何をやったか
よりも
なぜ、それを選んだか
なのかもしれません。
- 今の肉体を使い切る選択
- 将来に残る楽しみを育てる選択
そのどちらも、自分で選び取っているなら、
人生は受け身になりません。
「選ぶ」ができようになると、
- 後悔が少ない
- 他人の生き方に振り回されない
- 年齢を重ねるほど納得感が増す
と、人生の満足度が上がっていくでしょう。
おわりに|使い切るものと、育てるものを選ぶ

まとめると、
- 老後の趣味を先取りする視点
- 今の肉体を使い切る視点
- 年齢別 × 自分別に最適化する視点
この3つを揃える。
そして老後のために今を我慢する人生でもなく、
今だけを消費して未来を空白にする人生でもなく、
人生の各年代で、
「使い切るもの」と「育てるもの」を選ぶ
この視点を持てるかどうか。
アート鑑賞をきっかけに得たこの感覚は、
きっとこれから年齢を重ねるほど、
さらに確かなものになっていく気がしています。
あなたは今、
どちらを選びたいでしょうか。
そしてそれは、
「今のあなた」にとって、納得できる選択でしょうか。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
