夢と金は対立しない|キンコン西野『夢と金』から学ぶ「意味」を売る時代
キングコング西野亮廣さんの本を読みました。
西野さんと言えば、昔は『はねるのトびら』など、テレビで見ない日はなかったほどの人気お笑い芸人でした。
それが今では、『えんとつ町のプペル』を代表とする絵本作家であり、エンターテイナー。ビジネスシーンでも大活躍されています。
そんな西野さんが出された著書『夢と金』は、
いわゆる昔から語られてきた「夢か?金か?」という二項対立に真っ向からぶつかり、「夢と金」は相反するものではなく、どちらも真剣につかみにいくべきだという主張を、明確な根拠をもって説いてくれる一冊です。
語り口は鋭く、さすが言語とユニークを生業にしているだけあり、非常にわかりやすい。
構成もテンポも良く、飽きずに読み進められます。
私自身、「夢を追うためにはお金が必要だ」ともともと感じていたので、内容はスッと腹落ちしました。
一通り読み終えて、特に強く残ったのは、次の二点です。
- お金は共同幻想である
- 現代人は「機能」ではなく「意味」に価値を見出している
言い換えると、お金そのものの構造原理は昔も今も変わらない。
しかし、お金の使われ方(=市場)は大きく変化している、ということ。
自分自身への備忘録としても、本書で特に刺さった部分を抜粋し、ここに記録しておきたいと思います。
① お金は共同幻想
お金とは共同幻想で、皆が価値を信じた瞬間に価値が生まれる。
(213ページ)
本書では、NFTを解説するための例として
「海の底に沈んでいる石貨の所有者(所有感)」という話が紹介されています。
これが本当にわかりやすい。
ぜひ一度、原文で読んでほしい部分です。
私はこの「お金は共同幻想」という考え方を、本書を通して改めて考えさせられました。
1万円札の価値
たとえば、日本の1万円札。
日本という国において、日本人みんなが価値を信じているからこそ、私たちは1万円札を使えるし、「これは1万円相当だ」と認識できる。
その「1万円相当」は、
家電や食事券のように一般大衆が共通認識として理解できるものもあれば、
一部のコアファンにしか価値がわからないグッズの場合もあります。
結局のところ、
コミュニティの単位が「日本全体」なのか「一部のコア層」なのか、母数が違うだけで、
**価値を決めているのは常に“皆”**だということです。
では、日本ではないどこかの部族に1万円札を持っていったらどうなるか。
おそらく、火の足しにされて終わりでしょう。
お金とは、それくらい曖昧で、はかなく、もろい存在です。
しかしだからこそ、多くの人が信じることがすでに完了しているもの、
ノリや勢い、共通認識が確かなものは、共同幻想とはいえ、とても盤石で、ちょっとやそっとでは揺らがないとも感じます。
お金以外も共同幻想
お金だけでなく、コミュニティの盛り上がり方や、各人の意識の高さにも同じことが言えるのではないかと思います。
ブランド、評判、熱気、勢い――
そうした指標に置き換えられ、それぞれが受け取る人間ごとに「価値」として浸透しているようにも感じます。
お金との違いは、それが数値化できるかどうか、くらいのものかもしれません。
「経済の粘着性」と価値の揺り戻し
そういえば、岡田斗司夫さんが過去に「経済には粘着性がある」と語っていました。
文脈としては「国家がなくなったら、その国の貨幣には価値がなくなるのかどうか?」というテーマでしたが、これも共同幻想という考え方に近いものがあるのではないか、とも思いました。
つまり、「価値が下がった」と感じる人がいる一方で、
「いや、また盛り返すはずだ」と信じる人もいる。
そうした相反する共同幻想の揺れがあるからこそ、
暴落しても一直線に落ち続けるのではなく、揺り戻しが起きるのではないか、という感覚です。
② 「機能」には相場があり安定している、「意味」には相場がなく変動が激しい
「『機能』の価格は安定しているが、『意味』の価格は変動が激しい」
(249ページ)
「機能」には相場があるが、「意味」には相場はないので、「意味」が大きく絡む商品の価格は“ブレ”が大きい。
(257ページ)
「お金は共同幻想」という話を、もう一段階深く掘り下げると、
万人が想像できる「機能」と、分かる人にだけ分かる「意味」という二つの認識があることが見えてきます。
前者は、誰もが解像度高く想像できるため、
市場にある他の商品と比較したり、自分の過去の経験から推測したりして、
「だいたいこれくらいの価格だよね」という目安が自然と生まれます。
一方、後者の場合は違います。
比較対象が存在しない。
何かと比べているのではなく、それそのものの意味を買っている。
それは、
応援であり、推し活であり、ファンであり、
体験であり、意志表示であり、コミュニケーションであり、アピールでもある。
つまりそれを買う行為は、
「生活に足りない機能を補うため」ではなく、
「それを身につける、嗜む意味」を引き受けることなのです。
機能を買うのは顧客。
意味を買うのはファン。
だから、意味を買う人は価格で判断しません。
結果として、「意味」には相場がなく、価格の変動が激しくなる。
応援シロ
[応援シロ] = [目的地] – [現在地]
(162ページ)
ファンが買っている「意味」の正体は、多くの場合「応援」です。
どれだけ有名であっても、応援しがいがなければファンは生まれません。
応援シロがなければ、ファンはつかない。
応援シロを生むためには、
- 自分がどこに向かっているのか(=目的地)
- そして、今どれくらい足りていないのか(=現在地)
をきちんと共有する必要があります。
だからこそ、「伝えること」が重要なのです。
不便益
いたずらに「不便」を取り除くな。
(187ぺージ)
「機能」しか売れなくなる。
キミの商品の中に「不便」を戦略的にデザインするんだ。
京都先端科学大学教授の川上浩司さんが提唱しているのが、
「不便益(benefit of inconvenience)」という考え方です。
つまり、不便がもたらす利益・価値のこと。
たとえば富士山。
仮に山頂まで行けるエスカレーターがあったとしても、それを使わず、自分の足で登る人はきっと存在するでしょう。
たとえばBBQ。
レストランに行けば最高の焼き加減の肉を出してくれるにもかかわらず、
わざわざ自分で火を起こし、自分で焼くBBQを選ぶ人は、今もたくさんいます。
プラモデル、イチゴ狩り、パズル――
合理的に考えればやらなくていい苦労(不便)を、
人はお金を払ってまで買っている。
それはまさに、不便益であり、機能ではなく意味を買っている状態です。
その意味は、大きく二つに分けられます。
「一人で楽しむ不便」と「複数人で楽しむ不便」。
一人で楽しむ不便によって得られる喜びは「成長の確認」や「達成感」だ。
(191ページ)
プラモデルやパズルがそれ。
一方、複数人で楽しむ不便によって得られる喜びは「達成感の共有」や「コミュニケーション」といったところか。
BBQで、なかなか火がつかない炭に火がついた瞬間に拍手が起こるだろう?友達が肉を焦がしたら、笑いながら頭をこづくだろう?
アレだ。
高級時計は代弁者
社長にとっての高級時計は、時間を確認する道具ではない。
(284ページ)
社長にとっての高級時計は、「こんな立派な時計をしているということは、立派な仕事をされている方なんですよ」ということを、目当ての女の子に伝えてくれる代弁者だ。
高級時計は、「意味」を売っている商品の代表例です。
時間を確認するという機能ではなく、
「いい仕事をしている人間である」という証明を、
アクセサリーとして代弁してくれている。
だからこそ、その意味が成立するのであれば、
価格に糸目をつけず手に入れようとする人がいるのです。
③ プレミアムとラグジュアリー
[プレミアム] = [高級]
(51ページ)
[ラグジュアリー] = [夢]
プレミアムとラグジュアリーは、似ているようで、実はまったく別物です。
本書では「高級」と「夢」として明確に区別されています。
これは、先ほどの
【「機能」には相場があり、「意味」には相場がない】
という話と、きれいにつながっています。
プレミアムとは、一般モデルの上位互換。
つまり、機能の延長線上にあるものです。
たとえば1万円のハンドマッサージ機があれば、
プレミアムモデルは1万5千円で、
保温機能がついていたり、強弱やコースが増えたり、生地が上質になったりする。
これらはすべて機能の差であり、相場が存在します。
一方、ラグジュアリーは違う。
比較対象がなく、単独で存在する「夢」のようなもの。
本書では『モナ・リザ』が例に挙げられています。
言ってしまえば、紙に書かれたただの絵。
されど、推定価格はなんと1000億円以上。
そこまでの価値がつくのは、機能ではなく意味に価値が集中しているからです。
夢
[夢] = [認知度] – [普及度]
(52ページ)
『モナ・リザ』は、世界中の誰もが知っています。
一方で、世界にたった1枚しか存在しない。
つまり、
認知度=80億人
普及度=1点
この差分こそが、1000億円以上とも言われる価値の正体であり、
それがそのまま「夢」なのです。
欲しいけれど、手に入らない。
だからこそ、意味が生まれる。
④ 売らなきゃいけないのは「機能」ではなく、「意味」
ここまでをまとめると、次のようになります。
- 「機能」には相場があり、価格は安定している。一般とプレミアムがあり、買うのは顧客。
- 「意味」には相場がなく、価格の変動が激しい。ラグジュアリーがあり、買うのはファン。
- 意味は、応援・達成感・コミュニケーション・アピールといった、合理的ではない不便さから生まれる(=不便益)。
現代は、情報が誰でも、いつでも、簡単に手に入る時代です。
「機能」はすでに高水準で横並び。ドングリの背比べ状態。
情報以上にクオリティが低い、という裏切りも少ない。
情報以上に価格が吊り上がる、という露骨なボッタクリも少ない。
だからこそ、
ゼロから機能で戦うのは、正直分が悪い。
やることは一つ。
キミが売らなきゃいけないのは「機能」じゃない。「意味」だ。
(126ページ)
いかがだったでしょうか。
正直私が私のために書くメモのような記事になってしまいました。
あなたは本書『夢と金』をどのように読みますか?
何を感じるでしょうか。
ぜひ一度手に取り、実際に読んでみてくださいね。

ありがとうございました。
この記事の参考文献:
『夢と金』
西野亮廣(幻冬舎)

